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プロフィール
こやまあきゆき
こやまあきゆき
YUKI(ニックネーム)こやまあきゆきは、本名小山晶之 
京都東山の泉涌寺の登り窯のあった陶芸の家「黒門」で誕生。
世界の食文化の研究家。父はシルクロードの工芸研究家で陶芸家の小山喜平。「京都国際学生の家」の同期8人と「くいしんぼうの会」を結成。会員15カ国150名。京都の伝説の無国籍料理店カプリチョース初期の責任者 現在200店舗の外国料理店で、「京都国際レストランネットワーク」を作る。(会長イゴールライラ・スロベニアレストラン「ピカポロンツア」事務局ロシア料理「キエフ」「グリーン」「フィゲラス」「バリバリインドネシア」他11店舗。)代表世話人。「京都国際食文化研究所」代表 京都エスニック50年記念出版「定番にしたい異国料理店」(教材研究所)は、約400冊が、京都の図書館・医療機関・大学・国際交流機関に無償配布されている。京都府農業会議「ダーチャプロジェクト」立案・NPO「ふるさとテレビ」顧問・NPO「京都環境21」理事・「北野創生会議」・「京都プロデュース協会」会員・「民族芸術学会」会員・「ワールドミュージックネットワーク」世話人 幼小中の教育大附属桃山の同級生とのお誕生会以来、人生で出会った沢山の仲間達と、今も様々なご飯食べ会を楽しんでいる。

著者 「定番にしたい異国料理店」教材研究所 刊
共著 「はらはらと」円山公園東観荘で吉川女将を囲む100人畑岡先生編集
陶芸出品 「京展」「日展」他 約200回
個展   「アートスペース八源」「しまだい」他
特別制作 「京都市中央市場65周年市長賞場長賞副賞制作
     「大乗寺200天目茶碗」「円山公園東観荘織部の間&庭園」
     「京都大学医学部茶道部茶会の為の天の岩戸の水差し」
     「同じく 平安神宮茶会の為平安神宮白砂の水差し」
代表作  「母なる大地」(第3回チェラミスタ池坊と花器展 買上)
     「砂漠の蜃気楼 バーミヤン」(現代工芸展)「ペトラ砂漠の神殿」
     「心のブラックホール」(チェラミスタ 近鉄百貨店)「塔・ボロブドゥール」
     「回想」「宙」(日展)「勾玉伝説」(炎の陶芸展)
展覧会企画「アートスペース八源」(二年)「美食器展」(14回)
     「ホテルフジタ京都平安京ギャラリー」(1年)
     「京都市美術館チェラミスタ展」
     「京都国際ホテル35周年記念日本庭園舞台に浮遊群」
     「京都歴史都市博チェラミスタ展 七つの島企画担当」
     「京都府陶磁器組合連合会青年部六団体新世代 inしまだい」
陶芸指導 「京都市公立小学校」「京都市保健所リハビリ陶芸」
     「長尾谷高校」「つくば開成高校」と五つの陶芸倶楽部
      などでこれまでに約3千名に陶芸指導(円山陶芸協会)
出版物紹介「作務衣の手ざわり」あさかよしこ 京都の百人の職人の1人
     「日本の陶芸」共著陶芸実技小山喜平 実技写真モデル
現在   「京都国際食文化研究室」代表。
     「幸せの100円パン生地工房」にて、現役のパン生地職人。
オーナーへメッセージ

2006年10月28日

加藤登紀子・姉幸子のバイオリンで共演

加藤登紀子のディナーショが、加藤家のロシアレストランで開かれた。恒例の「キエフ・ソング&トーク」だが、今年東京の「スンガリー」は50周年を迎える。(新宿西口店・新宿東口店・青山店・お台場店)そして京都の「キエフ」は京都とキエフが姉妹都市で35周年を迎える。母で、「ハルビンの詩がきこえる」を出版した母加藤淑子・キエフ社長幹雄・3代目キエフ社長智恵子・2代目キエフ社長幸子(スンガリー社長・元大阪フィルなどバイオリニスト)・三女加藤登紀子・幹雄の長女でキエフ取締役柳井美知世の加藤家の幹雄と女達の華麗なる共演に満席の会場からは、最高のコンサートと絶賛の声。熱い1日だった。  


Posted by こやまあきゆき at 23:34Comments(0)アメリカ・オセアニア料理

2006年10月28日

MALEBRANCHEのケーキ

次女の誕生ケーキを、下鴨神社の北にあるケーキ屋さんに頼むつもりだった。家内の誕生日ケーキは、「Clien Te´le」だったので、今度は、「・・・」でと思っていたが、娘にメールすると「MALEBRANCHE」を指定された。植物園の北向かいにある店だ。この店の何がほしいか聞いたら、まず店行ってから電話してほしい」との事。結局ピンクのハートの・・・という娘も名前忘れたケーキは、売り切れだった。結局一番シンプルなイチゴと生クリームのバースディケーキとなったが、長女は、生クリームが苦手。しぶしぶ家族4人のケーキパーティーになったが、店でろうそく何本つけます?太いのと細いの。次女は12歳。・・・ろうそく太いの1本と細いの2本しか立てないのか、細いの12本刺すか。微妙なバランス。結局5本1セットなので、各1袋でいいです。と3本もかわいそうだし。と思ったのだが、なぜか家には、いっぱいろうそくがあって、ケーキは、はりねずみケーキになってしまった。おかげで、みんなろうそくのろう取るのが大変だったが、デコレーションもシンプルながら細部にも凝っていて娘は大喜び。本当は6日後が誕生日なので、来週もう一度ピンクの・・・・・を買おう!と思っている。ちなみに長女は和菓子党なのだが、風月堂のゴーフルのチョコ系がお気に入りで、生クリームほとんど使ってないケーキをリクエスト中。10月は、家族4人中3人誕生日なので、何回もケーキが食べられます。
ちなみにこの店の10月のケーキもおすすめです。
「MALEBRANCHE」:http://www.malebranche.co.jp/top.html
「クリアンテール」私は、近いので、河原町丸太町下がった店が1番お気に入りの店ですが、本店は有名です。  続きを読む


Posted by こやまあきゆき at 02:10Comments(0)スイーツ

2006年10月28日

中年男が熱く語り合う空間

25日「まほろば」に行く。以前書いた川端東鞍馬口北東角。和田さんずいぶん髭と髪伸びてた。野菜系の煮込み系ばかり注文。日本酒2合。ミュージシャンや天文学者らしき方らが、熱く議論しておられた。次に「いやいやえん」にいく。ビール。和風いろいろ食べる。オーナーの大槻君を誘って「千の風」にラーメン食べに行く。ギョウザを先に9人前。それからラーメンで仕上げ。
26日祇園「天龍」で西尾君と語りあうつもりが、女将さんと熱く語り合った。山盛りお造り・牡蠣・焼き鳥・土瓶蒸し・・・西尾君呆れ顔。帰りに「いやいやえん」に寄る。ピアニストの寺崎純と熱く語り合う。

思えば、四条川端の「ミルクホール」といい、木屋町の甲斐さんの「八文字屋といい、京都のあちこちで、中年が熱く語り合う店がたくさんある。そして不思議とそこに若い人で真剣に話を聞きに来る人がけっこう多い。決して説教風でもなく、自慢話でもなく、昔はやった音楽が、若い人には新鮮なように、
知らない時代の熱き語らいが、知らない世代にとって新しい話題なのだろう。と勝手に思っている。

たくろうが話題になって50代が元気という話がよく出てくるが、私は、今もマイペースで、食に熱い想いを持って、楽しみながらの人生を送っている。毎日一人でうろうろしているが、発見の連続は楽しくって仕方がない。よく若い人たちに、ほんとに楽しい人生送ってますね。といわれるが、ほんとに毎日が楽しい。  


Posted by こやまあきゆき at 01:28Comments(0)酒の楽しめる店

2006年10月25日

ケニアを愛した神田英の、難民にもらった木の根っこの話

京都には、「アフロ居酒屋 クスクス」というアフリカ料理が楽しめるお店がある。今回ケニアをテーマにしたのは、私が出会った3人のケニアに見せられた男達の話から、神田英の実に印象深い木の根っこの話を紹介しておきたかったからだ。中学時代の同級生重田・国際学生の家時代の同僚栗本そして写真家「神田英」。なぜかアフリカに魅せられた男達と出会ってきた。今一緒に仕事をしているレストランの崎濱料理長も日本大使館の料理人時代にアフリカ勤務を経験している。中でも、『神田英の写真集』は、灼熱大陸の美しい自然や人間・生き物の美しい姿が実に印象深く。私のお気に入りの写真集の一つであるが、やはり私としては1番の関心は食べ物。何が一番おいしかった?と聞いた時。神田の答えは、「木の根っこ」だった。異常気象で多くの人が餓死。国際援助で開かれたキャンプはどこにでもあるものでもない。アフリカを旅するうち、彼自身も餓死の危機に瀕したのかそんな空腹の限界を超えようかという時、食べ物を求めてさ迷い歩く難民達に出くわした。お金など役に立たない。彼らとて食料を求めているのだ。それでも彼らは、これなら食べられるという木の根っこを神田にくれたそうだ。木の根っこといえども彼らには貴重な食料。それは、生きる事への本能がそうさせている食べるという行為の本質に文字通り直面していた窮境のごちそうだったのだろう。もちろんそんな空腹を体験した事のない私が、軽々しく論ずる事ではないのだろうが、神田英の話を、機会があれば是非聞いてみてください。そして機会があれば彼の写真を開いてみてください。そして「クスクス」にいってみましょう。
神田 英:http://www.mirai.ne.jp/~ongaku/kandasuguru.html
アフリカ料理の「クスクス」は、木屋町の三条と四条の間。すぐ発見できます。スワヒリ語でジャンボ(コンキチワ)といいながら入ってみましょう。何も出ません。クスクスは、モロッコ料理として有名です。ケニヤのウガリ他、京都にはケニヤ通はいっぱいいますので、いろいろ検索すると、料理法も紹介しておられます。是非神田さんの写真を見てください。  


Posted by こやまあきゆき at 02:15Comments(0)アジア・アフリカ料理

2006年10月25日

京都新聞トマトマガジンの特集に感激

京都新聞の愛読者に配られている「トマトマガジン」10月号の特集トコトコパクパク「できたてを食べ歩こう」を開いて感動!これまで私が、このブログで紹介したイスラエルのFalafel・京屋のコロッケや高野の歯科医でオセロの中島の叔父さんの高島先生がいつもお土産に持ってきてくださるロンドン焼と錦の豆乳ドーナッツ(娘たちと錦いくとかならず買ってる)をはじめ、まだまだ、これから紹介するつもりだった京都の町中の身近なおいしいもんが目白押し。中でも、これはブログ書き始めた頃にかいたが、昔京都会館のコンサートに家族で行くと、かならず買ってもらった「風月堂のホットドッグ」。琵琶湖の湖西を、白髭神社に行く手前で発見した時感動して3個ぐらい食べた事もブログで紹介した。そのお店が龍谷大学の近くにあったのだ。知らんかった。昨日さっそく龍大のバイト君に絶対食べに行くようにいいました。私は今日行くつもり。5個ぐらい食べそう。ソーセージ¥350 クレープ¥200 ハンバーグ¥350だそうです。きっとここに紹介されてる一つ一つのお店にたくさんのドラマがあって、たくさんの幸せを積み重ねてきたのだろう。まるで、ここに紹介されてる人たちって、花咲か爺さんみたい。これからもがんばってください。かならず全店制覇します。やっぱり京都情報は京都新聞に脱帽。でも私もがんばります!
食い意地張ってるとこだけは、誰にも負けませんから。・・・それって自慢できるんかな?  


Posted by こやまあきゆき at 00:59Comments(1)テイクアウト

2006年10月24日

中村軒の小豆と清水緑壽庵の金平糖

昨日、「清水緑壽庵」の金平糖を買うつもりで、いつもの折りたたみ自転車で走っていたら、雨が降ってきた。やむなくいつもの青いポンチョを羽織ったものの、雨脚は強くなるばかり、いつも店の前を通っているので又後日と通り過ぎた。残念ながら私が一番ゆっくり出来る水曜が定休日。おまけに第4火曜も休み。・・・はたと気づいた。明日あさって連休やん。勢いよく川端丸太町まで来ていたので、そのまま仕事場へ、三条あたりで小降りに、四条でやんだ。秋に向けてどんな味が出てるだろう?いつもわくわくしながら覘いてみる。なのに・・・と、仕事場に「きんつば」・・・社長のお嬢さんが、さりげなく「中村軒」の食べてね。といわれた。天気同様気分も晴れて、2つも食べてしまった。ごめん皆さん。
ところで、清水さん。昔ながらくるくる斜め横向けに回っているお鍋?に芯を入れて、溶かした原料を、熱さや量を加減しながらすこしかけては、様子みて、すこしかけては、様子みて、口で言うのは簡単でも根気のいる仕事で、おまけに味のバリエーションもすごい。実は、お嬢さんが、友人の奥さん。奥さんの従兄弟も友人と、偶然狭い京都にはまって、友人宅でよくいただく。(もちろん自分でも買いに行きますが)。また中村軒は、父が芸大にいた頃、よく寄ってお土産に買ってきてくれた。こちらも銅鍋のお釜をおくどさんで、くぬぎの割り木でじっくり小豆を炊き上げていく。わざわざ泉涌寺から桂離宮の前の店まで、この小豆食べたさに買いにも行ってただけに、今日はとりあえずハッピー。
清水緑壽庵:http://www.konpeito.co.jp/
中村軒:http://www.nakamuraken.co.jp/  


Posted by こやまあきゆき at 01:49Comments(0)和菓子

2006年10月24日

京都のインドネシア料理

まだ、私が子供のころだった。京都にインド料理専門店も見当たらなかった頃。四条河原町の近くに「ジャワ」というカレーの店があった。日本人が、小麦のルーコテコテのカレーしか知らない時代に、シャブシャブのスパイシーなカレーは、強烈な印象だった。父がインドなどシルクロードの調査隊の隊員で、カレーなどのスパイシーな料理が大好きな人だっただけに、当時「ジャワカレー」を食べに行くといわれてて。インドネシアは、やっまりインドなんだ。と思ってしまった。国際学生の家時代の親友、滋賀大の留学生のアリフが、まめな男で、料理もご馳走してくれて、ようやくナシゴレンやサテーの味を知った。ちょうど京都にも「ガルーダ」がオープンし、「インドネシアン・バルー」など、徐々にインドネシア料理が食べられるようになっていった。「ZAPPA」などお酒も好きな方には、身近な存在となり、今では、様々なインドネシア料理が楽しめる京都になった。インドネシア料理の食べられる店だけでも毎月行っても1年では回れない。実際、バリ島やジャワ島などに遊びに行ったので、島から島までまた飛行機。おまけに料理もいろいろ味わえた。一応皆さんよくご存知だろうが、何件かご紹介しておく。  続きを読む


Posted by こやまあきゆき at 01:15Comments(0)アジア・アフリカ料理

2006年10月23日

京都のハンガリー料理

ハンガリー料理といえば何を思い出しますか?やっぱりパプリカですね。最近日本のどこでも手に入るようになりました。もう一つドリンクで有名なのは、トカイの貴腐ワイン。イスラムに攻められて村人が、逃げている間に、葡萄にカビがはえてしまい、仕方なくカビのはえた葡萄でワインを作ったら、なんともいえない芳醇なワインができた。有名な貴腐ワイン伝説ですね。実は、国際学生の家時代に最初に留学生からプレゼントされた料理書が、ガル・ティボール氏がくれたハンガリー料理のほんでした。3年間で約350冊の料理書を収集するきっかけでした。くいしんぼうをいっしょに設立したイゴール・ライラ氏がスロベニア出身で、ハンガリー料理の影響もスロベニア料理にはいっているので、よくハンガリー料理をつくっていっしょに食べました。現在京都では、地下鉄松ヶ崎駅の近くの「NORD by NIKI CLUB」さんで、ランチで「仔牛の煮込みハンガリー風」がいただけます。向日市の欧風膳所「小林」さん。にもハンガリー風仔牛の煮込みが。松ヶ崎の「アピカルイン」には、ハンガリー風の魚料理がメニューに載っています。イゴールさんの店。天神川の「ピッカポロンツァ」にも近いメニューが出される時があります。彼の店の名物デザートは、スロベニアのギバニッツァですが、クレープのようなパラチンケもよくつくってくれました。これは、ハンガリーの「パラチンタ」ですね。おさらい。ハンガリーの有名なスープは、「グャーシュ」といいます。鳥や豚・牛・仔牛・子羊などを煮込んだパプリカ料理をパプリカーシュといいます。ワインは、エグリワインも有名です。ジョルナイ磁器という有名な器もあるのですが、京都では、ハンガリー専門の料理店がないのであまり見る機会がありませんが、ハンガリー産フォワグラは、知らないうちに食べているかもしれません。  


Posted by こやまあきゆき at 01:35Comments(0)欧州料理

2006年10月22日

京都のブラジル料理

京都でブラジル料理を食べるなら次の2店舗
北の方は、歴史のあるバー「バール カフェジーニュ」くいしんぼうの会が出来て、会員でブラジルのサンパウロ出身のクララが、ギバニッツアをよく持って行った店。「フェジョーダとライス」のセットも¥750と安い。実は、「カプリチョース」にいた頃、ブラジルの料理とお酒を出す為に、親会社に「ピンガ」を輸入していただき、豚肉とパイナップルを煮込んだ料理とか、クララに教えてもらって出していた。
京都には、先斗町に「Churrascaria Estrela」ブラジル料理店で有名。先日スタッフが食べに行ったが、シュラスコ(肉を串焼きにして、焼けた外から切ってサーブしてくれる料理)をいくらでも持ってきてくれるので、お腹いっぱいになった。と、いていたが、私の場合底なしなので、自分で限度を決めないと危険極まりない料理。おいしいのは当然。ホンとはもっといろいろな料理あるんだけど・・・
京都府の国際センターの料理教室でも教えてもらえます。  


Posted by こやまあきゆき at 01:30Comments(0)アメリカ・オセアニア料理

2006年10月22日

京都市国際交流会館と京都府国際センター

京都府のパブリックな、国際情報センター。
学生時代に「京都国際交流倶楽部」を設立し活動していた頃は、よくこのような情報センターに出入りしていた。現在京都市の「国際交流会館」http://www.kcif.or.jp/jp/footer/02.htmlが、蹴上に
「京都府国際センター」が京都駅ビル9階にある。http://www.kpic.or.jp/kpic.html
それぞれ、資料室や交流イベント、外国料理教室など企画している。HPで情報収集してほしい。  


Posted by こやまあきゆき at 01:00Comments(0)京都グルメ情報資料

2006年10月21日

京都のスペイン料理

京都のスペイン料理の始まりは、嵐山の「ボデゴン」高島屋の「ナガサキヤパティオ」祇園の「フィゲラス」が、老舗。実は、私が2年近く修行した「パティオ」は姿を消した。北白川の「カプリチョース」に移って、「フィゲラス」出身の平山君と共にパエリヤなどを、メニューに加えた。親会社の「グランピエ」は、当時パエリヤの鍋の70%以上の輸入元でもあり、岡田社長がスペイン留学時代のよく行った店のイメージで作られたのが、「Sesamo(セサモ)」。学生の家時代、前にあった『山秀』のお嬢さんが、フラメンコを勉強して、祇園に「アルコイリス」というレストランをオープンされた。後にフラメンコに専念されて「アルコイリス山本秀美フラメンコスタジオ」を岩倉に開かれ、スペインとの文化交流にもとりくんでおられる。近年、グランピエも寺町二条に移ったが、市役所周辺が、あたかも京都スペイン村的様相になってきている。主なスペイン料理店を紹介しておく。
「Antonio」寺町二条西入るhttp://wwhttp://www.mayor.jp/link/
「Tio pepe」柳馬場竹屋町上るhttp://www.geocities.jp/tiopepeuohp/staff.html
「La masa」寺町二条下がるhttp://www.galu-kyoto.com/shop/0272_masa/
姉妹店炭焼きの「El fogon」御幸町御池上る
「figueras]四条縄手上るhttp://www.figueras-tapas.com/「Tapasu Tapasu」が、1階。
「Patio mayor」東山七条上る「東山閣地下」http://www.mayor.jp/link/  続きを読む


Posted by こやまあきゆき at 00:08Comments(0)欧州料理

2006年10月19日

田園のかえる料理

若い頃、まだコックとしてアルバイトだけで、見習い修行先を探していた20才前後の頃、1ケ月間のみの洗い場のバイトで、三条にあったパブ「田園」の調理場に行った。どうしても洋食・ましてフレンチの店の見習いになかなか入り込めなかった頃。ホテルやレストランの料理長も務めた市瀬料理長の面接で、コックになりたいなら見習いコックの方で採用するといわれた。パブのイメージでとまどっている私に、料理長の説明では、元々ボーリング場にレストラン・喫茶店などいろいろあったが、今再編の過渡期。もうすぐ別のビルにフレンチの店もオープンするし、今も準備の為に2人修行中だから、と、はれて?コック採用になった。とはいえ、1ケ月の間に洋食の店を探すつもりだっただけに、最初は半信半疑。そんな私に料理長は、フレンチのプロ用の大全集注文したから読みたいだけ読んだらいいと。・・・数日後30冊のすべてプロ用の専門者がドカンと更衣室に並んでいた。もともとデミグラスソースからドレッシングまで自家製。店のメニューに、フレンチの勉強の為と、エスカルゴにカエルまで登場した。出勤前に山ほど積まれた野菜を掃除しておくようにいわれ、始まってからもおおいそがしで、今から思うとあんなに野菜を毎日大量に使ったのは、田園が1番だったように思う。料理長は、フレンチを学びたい一心だった私に何かを伝えたかったのだろう。2年近くお世話になったが、新ビルの多くは当時「無印良品」になり、フレンチの店にはならなかった。私は、初心貫徹で、その後スペイン料理・フランス料理とコックの修業を続けるのだが、田園のスパルタ教育は、包丁の扱いほか、多くの事を習得できてその後の店で、早くにその仕事を任せてもらえる下地になった。また、市瀬料理長は、後黒豚料理の自分のレストランを開かれ、市場で再開してから何度か、あのおいしい味を堪能させていただいた。しかし「カエル」を料理する事は、二度となかった。  


Posted by こやまあきゆき at 22:43Comments(0)欧州料理

2006年10月19日

フィンランドのトナカイ料理

京都の五条に昔「フィンランディア」という、フィンランド料理の店がありました。扇屋の坂田さんが、フィンランドに行かれたことがきっかけで開かれた店で、岩本料理長と仲良くなった関係で、当時足を運びました。工業試験場で陶器を勉強した先輩の角さんもいました。何よりもトナカイ料理を複雑な思いでたべましたが、鹿と変わらない感じ。店は、「フィンセック」というフィンランド旅行なども企画する会社にもなっていたと記憶しており、皆さんでフィンランドに出かけておられたようですが、残念ながら行く機会がありまえんでした。やがてホームグランドは、「祇園フィンランディアバー」に移り。岩本さんもおられないようで、ごこかでこのブログ見られたらメッセージください。ひげに笑顔の実に魅力的なシェフでした。  


Posted by こやまあきゆき at 22:06Comments(2)欧州料理

2006年10月19日

ベラルーシカツレツ

ベラルーシカツレツは、牛レバーをチキンで包んだカツレツです。スラブ圏には、各地に名物カツレツがあり、鶉卵のカツレツなどは、ロシア人の大好物です。ウクライナカツレツは豚のはさみ揚げ。ウクライナ人は豚が大好きだからです。キエフスキーもウクライナの有名な、バターを巻き込んだチキンカツレツ。ポジャルスキーカツレツは、フランス料理で仔牛のカツレツになっていますが、もともと仔牛がないので、チキンにサワークリームやバターを加えて、仔牛風にポジャルスキーが作って、ロシア皇帝に出した料理です。日本で最初のカツレツは、御所のロシア人シェフが作りました。  


Posted by こやまあきゆき at 21:58Comments(0)京都ふるさと食の再発見

2006年10月19日

ウクライナ料理の名物

ウクライナ料理で世界的に最も有名な料理は、ピロシキとボルシチです。ロシア料理としても知られていますが、スラブ系民族が、ポーランド東部から現在のウクライナの首都キエフ当たりに住んでいた頃からの、スラブ系民族共通の料理です。ただ、ピロシキは、お肉入りだけでなく野菜・魚・くだもののピロシキもあり、特に日本以上にリンゴを好むウクライナでは、リンゴのピロシキはよく作られます。まるでアップルパイですね。
ボルシチには、真っ赤なてんさい科の野菜ビーツ(ビート)を入れますが、ウクライナのビーツは、中央が白いものも多く。またビーツを入れる習慣は、ローマから伝わったので、もともとはキャベツの煮込みの方が本流のようです。
 ウクライナの名物には、「ウクライナカツレツ」と「キエフカツレツ」があります。「ウクライナカツレツ」は、薄切りの豚のスライスの間に様々な具を挟み、カツレツの上には、たっぷりトマトソースが。「キエフスキー」は、味付けしたバターを芯に巻いたチキンカツレツですので、切るとバターがジワーと熔け出て最高の味です。日本でカツレツわ最初に紹介したのは、御所の最初の外国人料理人のロシア人ですので、ロシア料理としてもポピュラーなキエフスキーが、最初のチキンカツかもしれません。  


Posted by こやまあきゆき at 21:55Comments(0)食文化

2006年10月17日

音羽寿司の太巻き

祇園でお土産買うなら、音羽寿司の太巻きはかなりお徳です。
今は、¥1000ほどですが、オープンの頃は、800円台でした。元々「音羽寿司」は、大阪からの進出組。「がんこ寿司」「音羽寿司」「やげん堀」・・・今は、全国からの出店ラッシュですが、祇園縄手上ったとこでがんばってます。若者・サラリーマン向き。  


Posted by こやまあきゆき at 23:16Comments(0)寿司

2006年10月17日

チャーハンの「いつわ」vs「珍遊」

ラーメンとセットになるとお決まりが、「チャーハン」or「ギョウザ」or「からあげ」
で、チャーハンとのセットが売りのお店は、一乗寺とか数店舗ある「珍遊」は、塩味チャーハンが売り。これに対して、新福派の醤油味が売りでおすすめは、祇園縄手四条上る「いつわ」。昨日チャーハンセットプラスギョウザ+生注文したが、おかわりでチャーハン・ギョウザ・生を注文。¥3000を超える散財。しかし、レディースセットとか、チャーハンセットとかは、本来700円~800円台。私が食べすぎなのです。ただし、チャーシューは、厚切りなので1枚で十分。後から来た人が、チャーシュウ頼んで1枚200円と言われて、5枚追加してましたが、ほかの店の3枚分以上のボリューム1枚であるので、1~2枚で十分。スープは、とんこつ+和風。ギョウザは8個ですが、特におすすめしません。「千の風」とか「泉門天」の方がおいしい。でもチャーハンは気にいりました。  


Posted by こやまあきゆき at 23:09Comments(0)食堂・日常の和洋中華

2006年10月17日

丁子屋・鹿ケ谷山荘・グランピエ(岡田社長の世界)

もしかして、岡田社長は勝手にこんなぶろぐを書いて怒るだろう。自分が表に出たがらない人だし、今は陶芸に熱心に取り組んでるそうだから、しかし、京都の食文化史を考える時、真に京都の現代文化に一石を投げかけたこの人は、北大路魯山人や銀行頭取で陶芸家として有名な川喜田半泥子。建築家で日本近代陶芸の祖と呼ばれる富本憲吉とように、後世に陶芸家としても名を残す人だと私は思っている。さしずめ「丁子屋猪鹿蝶瑚」とでも名付けようか。
岡田社長の足跡は、白砂山荘のノアノアの地下に輸入雑貨の「グランピエ商会」の設立、ショールームのオープンに始まる。東京青山店。北白川に無国籍料理「カプリチョース」岡崎にショールームが移り、「カプリチョースセグンド」。三条木屋町一本上西入る「セサモ」。京都三越エレガンス地下に「プエルタ」。北白川に「麺粥」。ここまでは、エスニック路線だった。先見の明があるのは、哲学の道の山手の「鹿ケ谷山荘」の開店。さらに御池木屋町下がる「忘我(ボア・意味は猪)」宇治植物園「蝶(ちょうちょ)」そして道具屋の「丁子屋」を傘下に、岡崎ギンモンドに料理の「丁子屋」、二条木屋町下がった「露瑚(ろこ)」と気が付けば、セサモ以外のエスニック系は姿を消し、日本料理の岡田ワールドが展開されている。是非、今の内に、二条麩屋町の「丁子屋」で「丁子屋窯」の作品を、手に入れてください。
実は、岡田社長作品です。見事!二条寺町上った「グランピエ」には、雑貨で最初から社長をサポートしてきた右腕の中原仁志さんもいます。(かっこいいだけでなく京大の学生時代に岡田社長にほれ込んで、大学行かずに?ノアノア地下のちっちゃな店の時からついていった右腕中の右腕。今日京都和食の内装・サービス・行きたいお店No1は、今二条麩屋町で泥遊びしている寡黙な人から生まれました。・・・ちなみに私と家内は、グランピエからの脱サラで結婚しましたが、退職7年後のパーティーに岡田社長・中原さんら当時の幹部も皆さん顔を出してくださいました。・・・なかなかできない事で謝謝。  


Posted by こやまあきゆき at 00:51Comments(0)和食

2006年10月16日

高島屋・大丸・藤井大丸デパチカの住み分け

高島屋で新春の「おせち料理」の予約が始まり、商品見本が華やかに展示され、立派なカタログは、まるで京料理の老舗の腕比べ京料理博覧会的豪華版。もちろんお値段も豪華版。「大阪・京都の吉兆」「美山荘」「岡崎つる屋」「高台寺の土井」「美濃吉」「たん熊」・・・よくそろえました。おまけに「ホテルオークラ」「ハイヤット」からイタリアンの最高峰「イルギオットーネ」のお節まである。
一方の大丸は、「地下の大丸ごちぱら館」。はっきり行って、スイーツは大丸の勝ち。店内には、他で見たことないデザートがいっぱいあって、迷いながらウロウロしてしまう。その点高島屋は、デザートで迷うほどのバリエーションがない。結果的に2軒だけ私の好きな店に直行するが、大丸は迷った。更に今まで、食材買うのに1番嬉しいのは、「タベルト」1周順に、必要なものを買って行ってOK.
錦市場は、せめて8時までが最良。
結論:老舗の味は高島屋。京都のスイーツは大丸。藤井大丸は市場。  


Posted by こやまあきゆき at 01:10Comments(0)スイーツ

2006年10月13日

キエフ ロシアレストラン35周年はすごい事に!

姉妹店東京「スンガリー」が50周年記念パーティーを開き、加藤家の面々をはじめ、そうそうたる顔ぶれが集まった。続いて今月開催予定の京都の「キエフ35周年」には、日頃から店を利用している200名近い人たちが参加を予定している。その顔ぶれは、海外のゲストも含め、京都の各界を代表する豪華な顔ぶれ。もともと、京都には老舗の社長など地元の名士が多く参加する「八日倶楽部」の歴史があり、その有志によってバルカンのワインを楽しむ「バルカン会」や玉乃光酒造が造るシルクロードのミルク酒「クムイス」を飲む「シルクロードの会」が、どちらも「キエフ」を会合の場所として活動。更に、家森幸男先生の「カスピ会京都支部」他23の会が「キエフ」をホームグランドに会を発展させてきた。ロシア料理の好きな人達の「キエフ倶楽部」は、400名を超えている。会は、それぞれ独立しているが、この店に集まることを楽しみにしているのは間違いない。多くの店が、時代の変化にほんろうされ、昨年買った京都の人気店特集が、1年後には閉店が数店でているほどめまぐるしい京都の業界のなかで、35年多くの人に愛され続けている店がいかに少ない事か。すべての会員2500名が集まるのは不可能で30周年もホテルで開かれた。今回は、限定して、昼夜2回開催され、約200名をよていしている。  


Posted by こやまあきゆき at 01:51Comments(0)ロシア料理

2006年10月13日

家内。蝦夷を紹介します。今日誕生日です。

『くいしんぼうの会』会員NO.9.蝦夷(えみし)。もちろんニックネームです。
蝦夷は、京都で最初の無国籍料理「カプリチョース」などを作った『グランピエ商会』の岡田社長の創業の地。銀閣寺の「ノアノア」の地下時代から、京大出身の中原さん(現在のグランピエの顔)らとともに、お店を手伝っていた人です。嵯峨美の出身。「カプリ」の責任者になった私の店で昼食後、哲学の道で、スケッチを描いていました。(グランピエやカプリ岡崎店は東天王町にあって、今も「グランピエのギャラリー」になっている)。「くいしんぼう」8人の創設会員に次いで、私がスカウトしてくいしんぼうに初めて連れてきたのは、出会って1ケ月目。この時、皆に将来奥さんになる人です。と紹介したので、彼女は、私が気が狂ってる人かと思ったそうです。(それは、正しかったかも)2人とも一緒に脱サラで、デザインと陶芸の修行の道に。それぞれ「アトリエ北白川」「アトリエ・ド・YUKI]を設立し、結婚して「(有)小山美術工芸」に。その後二人とも親の仕事も手伝うようになり、今では、仕事は別々。家内は、毎年新年に日本画展に娘二人をモデルにした絵を描いて、二人の成長を記録しています。デザイナーとしては、かなり売れっ子のようで、仕事でルスも多いのですが、人付き合いが苦手な人で、一人で絵を描いてるときが一番幸せだそうで、仕事しないで絵だけかける環境作ってと、時々言いますが、本人仕事やめるきまったくなさそう。お父さんの仕事を受け継ぐのが子供のころからの夢だった人なので。二人の娘にとっては目標の人だそうで、それって誰に認められるより幸せな人だと思います。  続きを読む


Posted by こやまあきゆき at 01:26Comments(0)京都グルメ情報資料

2006年10月13日

40代最後の晩餐は、なんとカナートだった。

若かりし頃から、散々おいしいものを食べ続けてきた私。京都の有名料亭食べ歩きとか、東京の有名レストランに一人で食べに行ったり、食道楽のパトロンのお陰で、若狭で一人で最高の松葉ガニ5はいたべたり、大阪で最高のアンコウとフグを特別料理していただいてそのあと更に最高の寿司ネタでおいしいものだけ食べさせていただいたり。香港や台湾に食べる為だけに行って、朝から晩までおいしいものばかり食べつづけたり。・・・そんな私の家族4人での40代最後の晩餐は、高野の「イズミヤ・カナート」の地下。しかもレストランとかではなく、家内と次女はマック。長女はうどん私は、ビビンバでした。10月11日の、私と家内のプレバースディ。
私は、10月12日、家内は13日。2人のバースデーにどこかのレストランでディナーでもと考えていたのですが、まずは買い物と、家内と長女はショッピング。私と次女は、ラブ&ベリー。結局久しぶりにマック食べたいといいだした妹と、ダイエット中でうどんしか食べないという長女にレストランは却下されて、そのまま地下で晩餐。みんな早く帰りたいコール。・・・ここもよく利用するのですが、あれこれ行く店考えて楽しみにしていた私は、正直拍子抜け。でも久しぶりの4人の晩餐は不思議とアットホーム。帰ると、家内達の買い物は、私へのプレゼントでした。家族の気持ち和考えると反省のプレ誕生日ディナーでした。  


Posted by こやまあきゆき at 00:26Comments(1)食堂・日常の和洋中華

2006年10月09日

京都中央市場 77でラッキー7

五条から七条の七本松。の東一帯に京都の食料品の巨大流通センター「京都中央市場」がある。この市場の七本松や七条。つまり七七が、誰でも買える安いお店が並んでいる。と思いきや、実は、中でも、けっこう買える場所も多く。食堂街などもある。業務用は、とにかくボリュウムいっぱいで安い。
ただし、ご自分の家庭の中の、食料保管場所を考えないと、せっかくの安い仕入れが無駄になる。
市場の開業記念日などに、見てください。  


Posted by こやまあきゆき at 01:01Comments(0)食品

2006年10月09日

まぐろと魚の値上がり、どうする?

ここ数年、地球環境の変化の影響か、とりインフルエンザ・狂牛病などの影響もあて、魚の消費拡大が世界中に広がっており、特に中国・韓国などの、これま日本が大量に輸入していた国々での消費拡大は、国内価格の暴騰に加え、輸入量の激減による深刻な問題が生じている。
そこで、日本人は、肉・魚・鳥すべてにおいて注意深くなっており、野菜も輸入品の高値に直面しているが、日本がこの問題を解決できないようだと、世界中の誰もが、食糧問題を解決できなくなる。なぜなら、日本人ほど、世界中の何でも食べて、自分達の多彩な文化に取り入れている国民は珍しい。江戸時代と比べて、1人あたりいったいどれくらいの肉・魚・を食べるようになったか。今は昔ほど、丸干し、梅干、お漬物と味噌汁とご飯だけ。なんて食事は、おかずがないように思ってしまう。それだけ飽食の時代を生きていたのだ。すべての肉・魚介類の取り方がかわって、ベジタリアンとはいかないまでも、おからや大豆、今一度江戸時代の町衆の食生活は、粗食が当然だった。
 私の食生活を押し付ける気は、まったくない。  


Posted by こやまあきゆき at 00:36Comments(0)

2006年10月06日

自然派和食「ハンナ」さんのおばんざい

四条大橋西詰めの南北に2店ある「hannan」さん。
¥5000のコースは、
前菜〔おばんざい)
鮮魚のカルパッチョ
カニの茶碗蒸し・鴨ロース
福岡明太子の湯葉上げパイづつみ
サーモンのゆず香焼
京豆腐と季節野菜のサラダ
京の持ち豚鉄板焼とご飯
赤だし・デザート   ¥5000   〔他に¥3000  ¥4000)もあります。
玄米・黒ゴマなど、自家製田畑のものあり。   075-241-3374  


Posted by こやまあきゆき at 01:26Comments(0)欧州料理

2006年10月06日

ウイスキーとウオッカ サントリーがんばれ!

サントリーウィスキーがロシアで本格的に発売される事になったと新聞で大きく報道されました。ロシアというと、ウオッカが有名ですが、実は、ロシアウオッカは、4年ほど前からほとんど日本に入荷していません。実は、カクテルベースは、ウオッカが最も適していて、その理由は、匂いがほとんど残らないからで、女性には、ウオッカベースが最適なのです。この為、実は、皆さんがチューハイといっている、ビールか洋酒メーカーの酎ハイは、実はほとんどウオッカハイで、焼酎を使っていません。
皆さんが飲んでいる焼酎で、○○ハイを作って、あの味になりますか?ウオッカは、もともとカクテルに最適のスピリッツです。一番有名なモスコミュールはモスコフスカヤというウオッカで最初つくられたライム味のカクテルでした。スクリュードライバーもウオッカ+オレンジジュース。ソルティードッグは、ウオッカとグレープフルーツジュースにふちに塩をレモンでつけて、そのレモンも少し含まれます。
実は、ロシアウオッカ最後のブランド「ストリーチナヤ」は、サントリーが一番大きな輸入元なのです。
カクテル用リキュールが多いサントリーとロシア三大ウォッカの一つストリーチナヤ。おまけに高級ウオッカとウイスキーのアルコール度数も近いので、共通性も高いのです。今後ロシアでサントリーが爆発的に浸透する可能性大ですし、日本に輸入が止まってるロシアウオッカをサントリーさんが掘り起こしていただければ。銘酒「スタルカ」「ペルツォフカ」が復活するかもしれません。日露お酒大使。  


Posted by こやまあきゆき at 01:11Comments(0)

2006年10月05日

99円ショップのおいしいもの

99円ショップができたころ、1年あまり保母毎日通いつめた。
1番多く買ったのは。「農協のヤサイジュース」
本題に入って、いろいろおいしい物を安く作り研究をしたが、まず「ご飯が大盛りなのがなにより。
第2には、肉野菜などを料理の時に使えるのがありがたい。
第3には、乾燥した刻みネギ。ラ-油。ゴマ。チューブのしょうが・にんにくを使う薬味をつくる。
等級ホテル中国飯店にいたころ。料理長経験のあるベテラン中国人の料理人が3人もいた。
毎日のまかないは、交代で作っていたため、よく味噌ラーユなどを、仕上げに入れていた。
自分好みでいいのだが、出ししょうゆに昆布を入れたり、しょうゆにニンニク漬けたり。少しの工夫でおいしくなるし、そんなアイディア7は、日常レシピをみているとヒントがいっぱいはっけんできる。たとえば、すぶたのあわせ調味料も本などでは、かなり違う。いろいろ実験するのも面白い。版でwも、当時の料理にはよく使われた。調味料+あわせ。以外とあわせだけ調べるとかなり違うのでやってみよう   


Posted by こやまあきゆき at 03:41Comments(0)

2006年10月05日

おいしいシベリヤギョウザの作り方

ギョウザが、中国料理だと思っている方。ブウ0000000000!それは、おおおおおおおおおお大間違いです。京大博物館に一度行ってください。小麦は、西アジア原産。NHKの「シルクロード」の楼蘭の、「砂漠の美女」の番組の中で、この棺の中の小麦が、中国最古の小麦とされており、このミイラは、ヨーロッパの白色系の種族のものであることから、中国に小麦文化を伝えた種族かもしれないと伝えています。小麦文化が、中国5000年の歴史(私は、長江発見がなくても、中国には、ほかの3大文明と同じころには、巨大な文明が成立していたと、考えていますが。)の中で、欧米とは、異なった発展を遂げたのは、中国にすでに巨大な集権国家と発展した文明の地盤が存在していたからですが、だからすべてが、中国から始まったように考えるのは、間違いです。最近の中国料理にエビマヨが定番の仲間入りをしていたり。定番のエビチリのほとんどのレシピにトマトケチャップが使われ、更に、ウスターソースが記されていて。・・・ヤッパリ。  


Posted by こやまあきゆき at 01:22Comments(0)食文化

2006年10月04日

めずらしい野菜や果物探しているなら「明園さんへ」

京野菜を探すなら、錦市場。輸入の果物や野菜は、高級スーパー、「明治屋」以外だったら修学院や常盤の「ライクス」下鴨の「フレンドフード」なんかが品揃え豊富。しかし、ロシアのボルシチに入っている真っ赤なビーツがほしいとかになると、烏丸丸太町より西に行くと。「明園」さん。ボルシチの中のビーツ1個でも生でOK!輸入野菜・くだものの専門店。

ちなみに、果物では記念すべき思い出が、チェリモヤにある。
あのバニラアイスおような味。結婚式でくばりました。築地直送でした。



  


Posted by こやまあきゆき at 01:01Comments(0)

2006年10月04日

高梁の「新福菜館」と「第一旭」本店はやっぱり。

今日、中書島や伏見当たりを午前中、うろうろしていたので、最近話題によく書いている2つのラーメン店の食べ比べでもしようと前まで行ったが、あいにくどちらも並んでいて、どうせなら同時に食べたかったので、今日のところは断念した。
ところで、以前も書いたが、「新福菜館」のお嬢さんが、友だしのジャズボーカルの「HANA」さんのお弟子さんなので、一度ご一緒させていたがいたことがある。ちょうど横浜店などで忙しくしておられて、
久しぶりの京都を満喫しておられる時だった。
正直、こんなに繁盛しているのに、お嬢さんも出張中なんて大変。
やっぱり、ラーメン・おでんから始めるのには。  


Posted by こやまあきゆき at 00:13Comments(0)食堂・日常の和洋中華