2011年05月17日
市川猿之助歌舞伎の魅力
スーパーカブキで、歌舞伎に新しい魅力を確立した市川猿之助さんの魅力を存分に楽しめる「歌舞伎ミュージアムat
南座」ガ、開催されている。普段上れない花道などにも上れたり、衣装が着られる紐あるとの事。
歌舞伎の魅力を、舞台とは違う角度から楽しめるまたとない企画に、キエフスタッフのハヤピーが参加してきた。
5月30日まで、祇園四条の南座で、大人¥1500 学生¥1000
http://www.kabuki-bito.jp/news/2011/05/at_5.html
更に、少し先になるが「京都造形芸術大学」内にある「京都芸術劇場 春秋座」で、ちょうど子供たちが夏休みの8月11日木曜日に市川猿之助芸術監督プログラム「松尾塾 子供歌舞伎2011」が開催される
14時開演
http://www.k-pac.org/performance/20110811.html
お楽しみに。
ところで、このサイトは、くいしんぼうのサイトである。
という事で、「南座」と「造形大」での歌舞伎の後のおすすめくいしんぼう!
「南座公演」の前は、
・「天周」のあなご天丼¥1000
・「琢磨」で和食
・土日はNZカフェ「グリーン」でランチ
「南座公演」の後は、
・ロシアレストラン「キエフ」
・スペイン料理「フィゲラス」
・インドネシア料理「バリバリインドネシア」
・「蜃気楼」で和食
「造形大」の公演の前は
・大学内のカフェがおすすめ。
・「そうげんカフェ」でランチ
・「ドンク北白川店」でカフェ
・インド料理「アジャンタ」でランチ
「造形大」の公演の後は、
・「おおきにや」で和食
・「ビバラムジカ」でアフリカ&ブラジル料理
・「らくだ」で四川料理
南座」ガ、開催されている。普段上れない花道などにも上れたり、衣装が着られる紐あるとの事。
歌舞伎の魅力を、舞台とは違う角度から楽しめるまたとない企画に、キエフスタッフのハヤピーが参加してきた。
5月30日まで、祇園四条の南座で、大人¥1500 学生¥1000
http://www.kabuki-bito.jp/news/2011/05/at_5.html
更に、少し先になるが「京都造形芸術大学」内にある「京都芸術劇場 春秋座」で、ちょうど子供たちが夏休みの8月11日木曜日に市川猿之助芸術監督プログラム「松尾塾 子供歌舞伎2011」が開催される
14時開演
http://www.k-pac.org/performance/20110811.html
お楽しみに。
ところで、このサイトは、くいしんぼうのサイトである。
という事で、「南座」と「造形大」での歌舞伎の後のおすすめくいしんぼう!
「南座公演」の前は、
・「天周」のあなご天丼¥1000
・「琢磨」で和食
・土日はNZカフェ「グリーン」でランチ
「南座公演」の後は、
・ロシアレストラン「キエフ」
・スペイン料理「フィゲラス」
・インドネシア料理「バリバリインドネシア」
・「蜃気楼」で和食
「造形大」の公演の前は
・大学内のカフェがおすすめ。
・「そうげんカフェ」でランチ
・「ドンク北白川店」でカフェ
・インド料理「アジャンタ」でランチ
「造形大」の公演の後は、
・「おおきにや」で和食
・「ビバラムジカ」でアフリカ&ブラジル料理
・「らくだ」で四川料理
2011年05月17日
京都のレストランウエディング
京都では、学生さんや若い世代の結婚式の1つの形として、カジュアルにレストランで友人を集めてのレストランウエディングが多い。そんな個性派の結婚式を昔からプロデユースしてきた木村さんのブライダル会社が「I.BL●●M」
特に、レストランウエディングを得意としている。
http://www.ibloom.co.jp/
そんな、木村社長と私は、同窓生。13組ある高校の同じ学年の隣のクラス。
偶然、私と幼馴染で、北野天満宮の神官になった友人とクラスメイトだった関係で、高校時代もよく話をしていた。
陶芸家、近藤高弘君と彼が仲がよかった関係で、アユミブライダルの部長だった頃の彼と再会。
嵯峨美の仲間と手作りブライダルで人気が出たと、当時宝ヶ池プリンスホテルでのパーティーに招待してくれて、京都縁の映画俳優らゲストとも楽しい時間を過ごした。
どうしても、自分の考えでサポートするブライダルを、若い人の為にやっていきたいと独立してからも、次々と新しいアイディアを盛り込んだ提案を続けてきた。
今、京都で、以前ブライダルの会場として提供されていなかった様々なお店のブライダルを提案している。
結婚する人も、将来の結婚をイメージする人も、レストランを経営する人も、出会ってよかったと思えるナイスガイである。
http://www.ibloom.co.jp/
特に、レストランウエディングを得意としている。
http://www.ibloom.co.jp/
そんな、木村社長と私は、同窓生。13組ある高校の同じ学年の隣のクラス。
偶然、私と幼馴染で、北野天満宮の神官になった友人とクラスメイトだった関係で、高校時代もよく話をしていた。
陶芸家、近藤高弘君と彼が仲がよかった関係で、アユミブライダルの部長だった頃の彼と再会。
嵯峨美の仲間と手作りブライダルで人気が出たと、当時宝ヶ池プリンスホテルでのパーティーに招待してくれて、京都縁の映画俳優らゲストとも楽しい時間を過ごした。
どうしても、自分の考えでサポートするブライダルを、若い人の為にやっていきたいと独立してからも、次々と新しいアイディアを盛り込んだ提案を続けてきた。
今、京都で、以前ブライダルの会場として提供されていなかった様々なお店のブライダルを提案している。
結婚する人も、将来の結婚をイメージする人も、レストランを経営する人も、出会ってよかったと思えるナイスガイである。
http://www.ibloom.co.jp/
2011年05月17日
インドネシアンブライダルパーティ
インドネシアンブライダルパーティーが、週末開かれているのが、木屋町のハティハティ
120席ある広いお店。衣装もある。
新婚旅行に海外に行く時間がなくっても、素敵な仲間に囲まれて、スマトラ気分。
バリ・ジャワ・スマトラなど各地の料理が楽しめる。
120席ある広いお店。衣装もある。
新婚旅行に海外に行く時間がなくっても、素敵な仲間に囲まれて、スマトラ気分。
バリ・ジャワ・スマトラなど各地の料理が楽しめる。
2011年05月17日
京都の激安エスニック料理
こやまさんの1番おすすめのお店を紹介してください。
1番よく聞かれる質問。
いいお店の定義は、いろいろありますが、
今回は、激安でエスニックを楽しめるお店を改めてまとめてみましょう。
予算が少しでも楽しめるお店限定情報。
・メキシコ料理「エルラティーノ」・・・ご存知価格破壊のメキシコ料理店。熊野神社南側の半地下奥。
・ブラジルカフェ「カフェジーニョ」・・・コーヒー¥200から、料理も豊富で安い。
・スペインバル「セサモ」・・・基本的に数百円のタパスは、どれもおいしい。三条の1筋北の通り。河原町と木屋町の間の地下。
・中南米&沖縄料理「中川酒店」グループ4店舗。
・タイ屋台料理「パクチー」・・・・・丸太町河原町か三条御幸町
・中国&アジアン・・・「ティアーズ」丸太町河原町
・洋食・フレンチ・・・・百万遍「円居」
・パスタ&スィーツ・・・「セカンドハウス」
・イタリアン激安チエーン店「サイデリア」・・・ファミレス系だが、イタリア人の評価も悪くない。
・いやいやえん・・・和食 清水町
・インド料理・・・・安さで比較すると「アジャンタ」本店がおすすめ。スープの見放題・ナンおかわりできるとか。
あくまでも、一定の味をキープしている限定での、特に初めての方や若い方におすすめ。
1番よく聞かれる質問。
いいお店の定義は、いろいろありますが、
今回は、激安でエスニックを楽しめるお店を改めてまとめてみましょう。
予算が少しでも楽しめるお店限定情報。
・メキシコ料理「エルラティーノ」・・・ご存知価格破壊のメキシコ料理店。熊野神社南側の半地下奥。
・ブラジルカフェ「カフェジーニョ」・・・コーヒー¥200から、料理も豊富で安い。
・スペインバル「セサモ」・・・基本的に数百円のタパスは、どれもおいしい。三条の1筋北の通り。河原町と木屋町の間の地下。
・中南米&沖縄料理「中川酒店」グループ4店舗。
・タイ屋台料理「パクチー」・・・・・丸太町河原町か三条御幸町
・中国&アジアン・・・「ティアーズ」丸太町河原町
・洋食・フレンチ・・・・百万遍「円居」
・パスタ&スィーツ・・・「セカンドハウス」
・イタリアン激安チエーン店「サイデリア」・・・ファミレス系だが、イタリア人の評価も悪くない。
・いやいやえん・・・和食 清水町
・インド料理・・・・安さで比較すると「アジャンタ」本店がおすすめ。スープの見放題・ナンおかわりできるとか。
あくまでも、一定の味をキープしている限定での、特に初めての方や若い方におすすめ。
Posted by こやまあきゆき at
18:06
│気まぐれカプリ最新情報
2011年05月17日
美しき遺言
実は、先月叔母が亡くなった。
私と一番仲のいい叔父で陶芸家の鈴木卓司の奥さん。
京都の織物の名家の次女として生まれ、女優並みの美貌を持ちながらも、最後までマイペースで人生を生きる叔父を支えてくださった。
元々生まれ育った実家の鳴滝の別邸で結婚生活を送った。
お茶室や日本庭園のある立派な家は、裏山も借景までが敷地。
ここに両親・姉夫妻も移り住んで、大家族仲良く暮らした。
誰が、いつ遊びに行っても笑顔とユーモアたっぷりの楽しい話で楽しい時間を過ごす事が出来た。
家族を支えたしっかり者の姉は、裏山を自家菜園にしていたが、ここから眺める景色も絶景であった。
義兄は、新聞記者として活躍し、娘は「淡交社」でお世話になった。私の従姉妹である。
叔母は、癌が発見された時すでに手遅れだった。それでも退院して4年間家族と笑顔で暮らした。
何度か、私が娘と遊びに行っても笑顔で元気な叔母しか思い出せない。
しかし、その4年間に叔父や家族の為に沢山の申し送りを家中に残した。
特に、家庭の事をすべてまかせきりだった叔父の為に、どこに何があるか。こんなときどうするか。
叔父が困らないように、引き出しを開けると、叔父の探しているものがすぐにわかるように整理してあった。
最期に行った時に、叔父叔母が、加藤唐九郎さんの書かれた陶芸大辞典を見せてくれた。
私の祖父鈴木清や曽祖父鈴木鷹二郎(初代鈴木清湖・パリ博覧会で銀牌受賞)について書かれているページを見せながら、母方の先祖代々についてくわしく説明してくれた。
http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E8%89%B2%E9%99%B6%E5%99%A8%E5%A4%A7%E8%BE%9E%E5%85%B8-%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E5%94%90%E4%B9%9D%E9%83%8E/dp/4473000907
陶芸家 加藤唐九郎さんの原色陶芸大辞典は、現在従姉妹も勤めていた淡交社から出版されている、改訂版最新版である。
実は、叔母が最初に教えてくれたのは、この本の初版本。そこには更に前の鈴木喜三郎やその従兄弟のことまで書いてある。
ちなみに、その前は鈴木籐三郎で、美嚢の絵師で始めて京都に来た鈴木家の初代。
今、叔父・叔母の事は他人事ではない。
あまり検査を受けない家内を、徹底的に調べていただいている。
私たちの両親は、80過ぎても皆健在。
しかし、実際には60代で早い人で癌の手術を受けている。
常に自分の体を知っている事と、どう生きるかをしっかり考える事が必要だと思っている。
私は、現在朝から京大病院で働いている。更に昼からはレストランで働いている。
風呂上りには、体重計で健康チェック。
また、常にビタミンC・Aやミネラル・乳酸菌・カルシュームを食で補充している。
パセリ・バラの花他、抗酸化作用の強いものもバリバリ食べる。
だから、料理にでるパセリは残さない。
しかし、いくら注意しても限界がある。
叔母は、叔父が何も考えなくても、自分の陶芸に没頭できる環境を作ってきた。
最後の最後まで、叔父の事を心配していた。
その分、自分チェックがおろそかになっていたのではないか?
しかし、最後の最後まで2人は仲良しで幸せな家庭だった。
今、私は家内について回っている。
いままでお互い好き勝手してきた人生を見直し、私が取り組んできた食と健康の話を家内にもし始めた。
家内も、自分の食を見直して、しっかりした考え方で生活していく事を約束してくれた。
もう少し、叔母など回りの人にも速く伝えるべきだった。
今日は、家内を最新の設備での検査を受けさせた。
帰りに、家内のおやつのメロン・ぶどう・ダークチェリーを買った。
書いた順に食べて欲しい。傷みやすい順だからと。
普段でも、我が家ではイチゴは4パック単位で買って置いてある。
子供たちは、1人で1パック食べる。
C1000タケダは、箱で買っている。
牛乳はおいしい牛乳。
パンと青汁は近くの牧場から配達。
アーモンドや練り胡麻などは食卓に置いている。
今日も、「京都府農業会議」の関係者とミーティングをした。
地下水も豊富な京都の町は、京都府全域と周辺県の力で守られている。
都会だけで暮らすのでなく、農林水産地域だけで暮らすのではなく、周囲も含めた広域京都生活圏を、大切に守って、素晴らしい環境の中で、100歳過ぎても元気で働くつもりの雄大な生活環境を作ろう!
鳴滝の叔父の家は、コンパクトだが、そんな環境だった。
赤の他人でも。いっしょに土に向かって、収穫して、いっしょにおばんざい作って食べたら、皆大家族になれる。
そんな社会を目指して、叔母のようにいつも誰にでも笑顔で、黙々と朝から働いて、
1人でも多くの方が、笑顔で人生をまっとぅ出来る社会を作るために、私も家族や沢山の友人・仲間と生きていこう。
最近、新しい夢が増えた。それは「赤十字社」の精神を作った偉大な創始者が、孤高のまま亡くなった事。
この事は、新しい目標を私に与えてくれた。
遺言
それは、決して財産とかの話ではない。
自分がすばらしいと感じた人の生き様から学んだ事を、しっかり自分の中で受け止め、消化して、自分流に行動する事。
私が好きな言葉の1つは、ユダヤ教徒が学んでいるタルムードの中の言葉をヒントにわかりやすく書かれた日本語本「ユダヤ人の知恵」で、読んだ言葉。「もし、貴方が望む事をやっている人がいなければ、あなた自身がやりなさい」というう意味の言葉。
中学生の頃に読んだので、多少私なりの解釈になっていると思うが、誰もしていない事を恐れる必要はない。
大切な事は、それが社会の平和や共存や何らかの理由で恵まれなかった人とでも、いっしょに前向きにやっていける環境を、自分も率先して作れたら。私が非力でも、それに共鳴してくれる有能な方の理解と行動で実現できる場合もあると言う事。
私は、常に非力だが、そんな私だからこそ有能な方が応援団になってくれてきた。
決してこちらからお願いしたり、望んだ訳ではないが、「いいね!それならこんな方法どう?」「なるほど、そんな事もできるんだ」
私は、自分が言い出したことでも、ほとんどいつもブレーンに助けられて実現してきた。
私は108歳まで生きるつもりなので、家内には105歳までがんばってくれと言った。
将来、店も持って田舎暮らしもしよう!のんびり自然の中でくらそう!素敵な仲間と。自分たちで作った野菜とか食べながら。
それでも、寿命が来たら、「叔母が叔父に伝えた事と同じ事を頼みたい」
しばらくは、無名の木の墓標でも立てて、数年経ったら無煙仏のかたといっしょに土に帰してほしいと。
家内、私といっしょはいやだそうなので、せめて隣にしばらくいさせてとお願いした。
元気な間は、お互い今までどおりさほど干渉せず、素敵な同居人でいこうと。
叔母さん、叔父さんは僕たちが1人にしないから。千の風になって見守ってあげてください。
私と一番仲のいい叔父で陶芸家の鈴木卓司の奥さん。
京都の織物の名家の次女として生まれ、女優並みの美貌を持ちながらも、最後までマイペースで人生を生きる叔父を支えてくださった。
元々生まれ育った実家の鳴滝の別邸で結婚生活を送った。
お茶室や日本庭園のある立派な家は、裏山も借景までが敷地。
ここに両親・姉夫妻も移り住んで、大家族仲良く暮らした。
誰が、いつ遊びに行っても笑顔とユーモアたっぷりの楽しい話で楽しい時間を過ごす事が出来た。
家族を支えたしっかり者の姉は、裏山を自家菜園にしていたが、ここから眺める景色も絶景であった。
義兄は、新聞記者として活躍し、娘は「淡交社」でお世話になった。私の従姉妹である。
叔母は、癌が発見された時すでに手遅れだった。それでも退院して4年間家族と笑顔で暮らした。
何度か、私が娘と遊びに行っても笑顔で元気な叔母しか思い出せない。
しかし、その4年間に叔父や家族の為に沢山の申し送りを家中に残した。
特に、家庭の事をすべてまかせきりだった叔父の為に、どこに何があるか。こんなときどうするか。
叔父が困らないように、引き出しを開けると、叔父の探しているものがすぐにわかるように整理してあった。
最期に行った時に、叔父叔母が、加藤唐九郎さんの書かれた陶芸大辞典を見せてくれた。
私の祖父鈴木清や曽祖父鈴木鷹二郎(初代鈴木清湖・パリ博覧会で銀牌受賞)について書かれているページを見せながら、母方の先祖代々についてくわしく説明してくれた。
http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E8%89%B2%E9%99%B6%E5%99%A8%E5%A4%A7%E8%BE%9E%E5%85%B8-%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E5%94%90%E4%B9%9D%E9%83%8E/dp/4473000907
陶芸家 加藤唐九郎さんの原色陶芸大辞典は、現在従姉妹も勤めていた淡交社から出版されている、改訂版最新版である。
実は、叔母が最初に教えてくれたのは、この本の初版本。そこには更に前の鈴木喜三郎やその従兄弟のことまで書いてある。
ちなみに、その前は鈴木籐三郎で、美嚢の絵師で始めて京都に来た鈴木家の初代。
今、叔父・叔母の事は他人事ではない。
あまり検査を受けない家内を、徹底的に調べていただいている。
私たちの両親は、80過ぎても皆健在。
しかし、実際には60代で早い人で癌の手術を受けている。
常に自分の体を知っている事と、どう生きるかをしっかり考える事が必要だと思っている。
私は、現在朝から京大病院で働いている。更に昼からはレストランで働いている。
風呂上りには、体重計で健康チェック。
また、常にビタミンC・Aやミネラル・乳酸菌・カルシュームを食で補充している。
パセリ・バラの花他、抗酸化作用の強いものもバリバリ食べる。
だから、料理にでるパセリは残さない。
しかし、いくら注意しても限界がある。
叔母は、叔父が何も考えなくても、自分の陶芸に没頭できる環境を作ってきた。
最後の最後まで、叔父の事を心配していた。
その分、自分チェックがおろそかになっていたのではないか?
しかし、最後の最後まで2人は仲良しで幸せな家庭だった。
今、私は家内について回っている。
いままでお互い好き勝手してきた人生を見直し、私が取り組んできた食と健康の話を家内にもし始めた。
家内も、自分の食を見直して、しっかりした考え方で生活していく事を約束してくれた。
もう少し、叔母など回りの人にも速く伝えるべきだった。
今日は、家内を最新の設備での検査を受けさせた。
帰りに、家内のおやつのメロン・ぶどう・ダークチェリーを買った。
書いた順に食べて欲しい。傷みやすい順だからと。
普段でも、我が家ではイチゴは4パック単位で買って置いてある。
子供たちは、1人で1パック食べる。
C1000タケダは、箱で買っている。
牛乳はおいしい牛乳。
パンと青汁は近くの牧場から配達。
アーモンドや練り胡麻などは食卓に置いている。
今日も、「京都府農業会議」の関係者とミーティングをした。
地下水も豊富な京都の町は、京都府全域と周辺県の力で守られている。
都会だけで暮らすのでなく、農林水産地域だけで暮らすのではなく、周囲も含めた広域京都生活圏を、大切に守って、素晴らしい環境の中で、100歳過ぎても元気で働くつもりの雄大な生活環境を作ろう!
鳴滝の叔父の家は、コンパクトだが、そんな環境だった。
赤の他人でも。いっしょに土に向かって、収穫して、いっしょにおばんざい作って食べたら、皆大家族になれる。
そんな社会を目指して、叔母のようにいつも誰にでも笑顔で、黙々と朝から働いて、
1人でも多くの方が、笑顔で人生をまっとぅ出来る社会を作るために、私も家族や沢山の友人・仲間と生きていこう。
最近、新しい夢が増えた。それは「赤十字社」の精神を作った偉大な創始者が、孤高のまま亡くなった事。
この事は、新しい目標を私に与えてくれた。
遺言
それは、決して財産とかの話ではない。
自分がすばらしいと感じた人の生き様から学んだ事を、しっかり自分の中で受け止め、消化して、自分流に行動する事。
私が好きな言葉の1つは、ユダヤ教徒が学んでいるタルムードの中の言葉をヒントにわかりやすく書かれた日本語本「ユダヤ人の知恵」で、読んだ言葉。「もし、貴方が望む事をやっている人がいなければ、あなた自身がやりなさい」というう意味の言葉。
中学生の頃に読んだので、多少私なりの解釈になっていると思うが、誰もしていない事を恐れる必要はない。
大切な事は、それが社会の平和や共存や何らかの理由で恵まれなかった人とでも、いっしょに前向きにやっていける環境を、自分も率先して作れたら。私が非力でも、それに共鳴してくれる有能な方の理解と行動で実現できる場合もあると言う事。
私は、常に非力だが、そんな私だからこそ有能な方が応援団になってくれてきた。
決してこちらからお願いしたり、望んだ訳ではないが、「いいね!それならこんな方法どう?」「なるほど、そんな事もできるんだ」
私は、自分が言い出したことでも、ほとんどいつもブレーンに助けられて実現してきた。
私は108歳まで生きるつもりなので、家内には105歳までがんばってくれと言った。
将来、店も持って田舎暮らしもしよう!のんびり自然の中でくらそう!素敵な仲間と。自分たちで作った野菜とか食べながら。
それでも、寿命が来たら、「叔母が叔父に伝えた事と同じ事を頼みたい」
しばらくは、無名の木の墓標でも立てて、数年経ったら無煙仏のかたといっしょに土に帰してほしいと。
家内、私といっしょはいやだそうなので、せめて隣にしばらくいさせてとお願いした。
元気な間は、お互い今までどおりさほど干渉せず、素敵な同居人でいこうと。
叔母さん、叔父さんは僕たちが1人にしないから。千の風になって見守ってあげてください。